FCBC

マニフェスト

For Creators,
By Creators

クリエイターと共に作る、画像生成AI。

パンドラの箱は開いてしまった。

今や画像生成AIなどは、クリエイターの権利を蔑ろにしたまま、世界に広まってしまっている。OpenAIやMidjourney等の中には、クリエイターが長い年月をかけて蓄積してきた視覚的表現の上に成り立っている。しかし、それらのAIを代表する人は、その蓄積により生成された画像で自分を表現している。それらを可能にした人達への敬意は見てはとれない。

僕たちの中には、アレルギー反応を起こしている者もいる。それは無理もない反応だし、せめて声は上げなければ。でも、もしかしたら、それでは足りないのかもしれない。

技術の進歩がこのような倫理を追い越す状況を作りだしたのは、これが初めてではない。P2Pサービスが現れたとき、音楽業界は崩壊しかけた。技術はあまりに便利で、誰にも止められず、誰の手もまったく無傷ではいられなかった。だが結果として、音楽は終わらなかった。Apple Music、Spotify、YouTube──私たちが大切にしてきたものを守る、まっとうな仕組みが徐々につくられた。社会はやがて、追いついた。

だけど、社会が追いつくのは、その社会に身を置く誰かが手を動かしたときだけだ。 そして、その仕事に最もふさわしいのは、それを自分事にできる、私たちクリエイター自身ではないだろうか。

クリエイターは、常に、現状を疑ってきた。だからこそ私たちは、教室の中でも外でも、いつもどこか違っていた。たとえ1ミリでも、世界を以前と違う景色に、前に、進めてきた。私たちのような人間がいなければ、人類はもっと「今まで通りなもの」に甘んじてきたはずだ。AIがあろうとなかろうと、そのことは変わらない。

だから私たちは、この時代においても、自ら動きたい。ボトムアップだとしても、草の根だとしても。クリエイターは、与えられた仕組みが自分たちに合わないとき、いつもそうしてきた。僕がforiioを立ち上げたときも同じだった──既存のポートフォリオツールがクリエイターを「採用パイプライン」としてしか見ていなかったから、私たちは自分たちで作った。いま、AIに対しても、同じことをやる。

FCBC ── For Creators, By Creators ── は、私たち自身が作るとしたらこうなる、というAIだ。 設計の段階から、権利クリーン。プロセスは、最初からオープンに。それを可能にする人たちと共に作る──その人たちの上に立つのではなく。

あなたがクリエイティブなことを仕事にしていこうとしているなら、これはあなたのためのものだ。現状に疑問を持っているのは、あなただけではない。与えられたものを受け入れるか、諦めるか、それだけが道ではない。